‘堺の産業’ タグのついている投稿

“西高野街道”を行く(1)

2011年4月6日 水曜日

4月5日(火)、「西高野街道」を歩いてみました。南海高野線・中百舌鳥駅前~府立大学~十二里石~十一里石~おわり坂(大阪狭山市今熊)までの約7.5kmの距離です。             中百舌鳥駅南側から閑静な住宅街を抜ける道路には、“西高野街道(歴史のみち)”と掘り込まれた石柱が所々に立てられています。白鷺公園を過ぎて関茶屋に入ると、「十二里石」と地蔵堂が風雨に耐えているかのように、ひっそりと佇んでいました。

十二里石と地蔵堂

街道を南東に進めて行きます。国道310号線との交差点を渡り、福田地区をしばらく歩くと「常夜燈」のある塀に囲まれた屋敷が見えてきました。壁には「やまつ辻田」の看板がさりげなく掲げられています。もしかして「西高野街道観光キャンペーン協議会」の小冊子に載っていたお店では?

常夜燈と「やまつ辻田」

事務所にて辻田社長から「唐辛子」のことをお聞きしました。社長は東京での出店のパンフを説明してくれました。創業明治35年(1902年)であること。この福田一帯は「鷹の爪」の一大産地で、その実で赤く染まったように見えたという。そして今は奈良や和歌山・京都・香川・・などで「鷹の爪」純粋種を栽培し、引き取っているとのこと。「唐辛子のほとんどが外国産となる中で」、どこまでも伝統を守り伝えてゆく信念を伺うことが出来ました。          またお茶の接待を受け、ありがとうございました。

「さかいIPC」(vol.17)の記事

街道めぐり・堺を歩く(4)

2011年2月10日 木曜日

「第2回愉快・爽快・空海ウォーク」の中で、「紀州街道」沿いには現在の堺の産業基盤に大きく寄与したものがありました。      その一つは「堺刃物伝統産業会館」で展示・販売されている「堺打刃物」です。 「16世紀ポルトガルよりタバコが伝わり、・・タバコの葉を刻む『タバコ包』が堺で初めてつくられた」(当会館パンフ)という。古墳時代の鍛冶技術が生かされ、現在ではプロ用包丁のほとんどが、堺で生産されているといわれています。

堺刃物伝統産業会館

国の重要文化財の「山口住宅」(堺市立町屋歴史館)は、江戸時代前期の町屋例として極めて貴重な民家という。           その住宅の和室の一室に「堺緞通」のミニ耕織機が展示されていました。1831年藤本荘太郎が鍋島緞通や中国製を模して、泉利兵衛に作らせ売り出したのが始まりとのこと。ピーク時(1831年)には年間89万畳を生産していたという。昭和30年代以降はマットやカーペットなどの敷物産業へと引き継がれました(堺式手織緞通技術保存協会パンフ)。大阪府指定無形民俗文化財として技術・保存をはかっています。

保存会のパンフ

“ウォーク”のゴールは堺市役所の展望ロビーです。ロビーでは「堺鉄砲」の展示コーナーがありました。日本に鉄砲が伝わり、鋳物師や鍛冶の集住地である堺で、製造されるようになったという(博物館パンフ)。江戸時代には装飾性の高い堺鉄砲がつくられたとのこと。その技術(砲身)が自転車のハンドルに生かされ、自転車生産へと発展していったと言われています。                観光ボランティアのakj さんより説明を聞きました。ありがとうございました。

堺鉄砲