‘未分類’ カテゴリーのアーカイブ

だれも知らない明治時代 4

2016年7月20日 水曜日
明治時代2に祥雲寺の銅版画写真が入っています。

明治時代3には、堺の銅版画写真を忘れたので、説明だけで終わっていますので、

今回は、写真中心に作りました。

日本博覧図第12編

日本博覧図に入っていない祥雲寺の銅版画

日本博覧図に入っていない妙国寺銅版画の一枚もの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だれも知らない明治時代 3

2016年6月15日 水曜日

明治20年ころ、精行社発行の日本博覧図の銅版画が堺市には祥雲寺の1図だけあります。

日本博覧図第12編には載っていませんが、A1サイズで微細に刻んだ祥雲寺と妙国寺の精行社作成銅版画があります。

堺市立中央図書館には、これらの銅版画と精行社以外の銅版画が数図保管されていますが、貴重図なので、特別に閲覧申請が必要です。

最近の話をします。5月に、中百舌鳥から百舌鳥大社・大仙公園・仁徳天皇陵と古墳巡りをしました。6月11日には、九度山で遊びました。NHKの宣伝で昔では考えられないほど人が集まっていました。

先ほどの、日本博覧図第12編は、現在の日本中で公表されているのは、長野県上田市立博物館だけです。

 

 

 

だれも知らない明治時代 2

2016年4月20日 水曜日

精行社の銅版画が大日本博覧絵とか日本博覧図という本になって12冊あります。その本の中には、日本全国では約2200画あり、大阪府内には4画あり、そのうち堺市の銅版画は祥雲寺が1枚だけあります。しかしこの画をよく調べると石版でした。

12冊の本には入っていませんが、祥雲寺と妙国寺の銅版画がありました。

だれも知らない明治時代(銅板画)

2016年3月16日 水曜日

明治10年から明治30年にかけて、外国から銅版印刷が入ってきて全国で銅版画が作られるようになり、大阪では「浪華の魁」、京都では「都の魁」という本が作られ、関東中心では精行社という会社によって、全国20数都府県で約2200枚の銅板画などが作られました。

現在は、神奈川県、千葉県などでは精行社の銅版画の復刻版があります。

次回からは、都府県毎の精行社銅版画を挿入していきます。

 

浪華の魁

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初めてのブログ

2016年1月20日 水曜日

初めてのブログを女性二人で教えてもらいました。

写真を写してもらって、写真添付の勉強をしたので

両手に花の素晴らしさをご覧ください。