‘観光地’ カテゴリーのアーカイブ

高野街道・紀見峠へ(1)

2012年6月10日 日曜日

●昨日(6月9日)、「高野街道にぎわい再発見プロジェクト実行委員会」(堺・大阪狭山・河内長野・橋本各市観光協会後援)による高野街道を巡るウォークに参加した。河内長野駅から西條酒造~烏帽子形八幡神社を通り、三日市宿へと入ってゆく。三日市村役場跡、月輪寺、油屋本陣跡等をみる。油屋跡は高野山御用宿として栄え、幕末には天誅組が五条へ向かう際に立ち寄ったという。街道の両側には当時を彷彿させる古い住宅が建ち並んでいた。

三日市宿の町並み

●三日市町駅(南海高野線)の駅前広場に「三日市北遺跡」の案内板があった。駅前再開発事業の際、弥生時代中期後半(約2000年前)の集落遺跡が発見されたという。31棟の竪穴住居や3棟の掘立柱建物跡、大量の弥生土器・石器等が出土したとのこと。駅前を南に進めると、石見川に架かる橋の袂に「八里石」の石柱があった。

三日市北遺跡案内板

●更に、国道371号線から左側の高架橋を渡り、美加の台住宅地の麓を歩く。美加の台駅裏の田圃道から旧高野線・廃線跡の「なんてんの道」を行く。案内役の観光ボランティアの方の話では、国道の交通量も多く安全を考え、この廃線を利用することにしたとのこと。途中、下岩瀬の棚田、天見富士や天見川の渓流を見ながら天見の里を進める。

天見富士と下岩瀬の風景

四天王寺周辺・散策

2012年5月27日 日曜日

●先日、いきいき堺市民大学2期生の南区有志が集まり、天王寺周辺を歩いてみた。JR天王寺駅北側の「庚申街道」を四天王寺へ向け進める。天王寺中学校を左折すると、すぐ「庚申堂」の山門に出てきた。庚申堂は「帝釈天の使者とされる青面金剛童子を祀り、701年日本最初の庚申堂が建てられた」という。(2012あべてんパンフ)

庚申堂・山門

●街道を北へ上がると「四天王寺南大門」が見えてきた。聖徳太子が「日本仏法最初地」の官寺として建立。五重塔・金堂は昭和38年に再建された。「四天王寺式伽藍配置」とよばれる日本最古の建築様式という。

四天王寺・南大門

●更に、西へ300m程「逢坂」を下ると「安居神社」に着いた。真田幸村戦死の地として有名で、境内には幸村の銅像と大きな石碑が建っていた。近くにはかって「天王寺の七名水」の一つと言われた「増井の清水」の石碑があった。また、上町台地を登る「天神坂」「清水坂」の石畳や「愛染堂」等、昔の面影を残す風景となっていた。

真田幸村銅像と石碑