‘歴史のこと’ カテゴリーのアーカイブ

外国豪華客船のこと

2014年3月20日 木曜日

数日前から世界一周の豪華客船クィーンエリザベス号が日本へ来ている。そして横浜に寄港したが今は神戸に寄港しているようである。私は昭和30年ごろ神戸に住んでいたが、神戸港には豪華客船の寄港が年中行事になっていて「今年も世界一周客船○○○○号が寄港した」とよく新聞ダネになっていた。数日滞在するので京都・奈良・大阪・宝塚など観光していた様に思います。そんな時プレジデントクリーブランド号の入港があり下宿の主人んが知人(オリエンタルホテル勤務)からもらったからと言って見学チケットをくれた。淡路の田舎から出てきた高校生の私。下宿の中学生と二人ででかけた。どうやって船の中に入ったかは覚えはないがエレベータらしきものの前に立っているとドアーが開いた。フラフラット入ったら閉まってしまった。デパートのエレベータしか乗ったことがなく自動のエレベータなど想像もつかない、大あわてで頭真っ白になった。手当たり次第にボタンを押したところ動き出しある階で停まってドアが開いた。大急ぎで降りた。そこは多くの人がダンスを楽しむダンスホールした。何階層にもなっており映画館・ダンスホール・食堂・プール・ずらりと並んだデッキチェア。そしてホテルのようにどの階にも客室がずらり。これが船なの・・・・。と 小さい子供をつれたおじさんと会話することができ自分の片言が通じたことがたいへんうれしかった。(だが語学のレベルは今も殆んどしゃべれない)。青雲の志に燃えていた?頃の思い出の一コマでした。

堺刃物まつり

2014年1月30日 木曜日

刃物として全国に名を馳せる堺打刃物。この様な伝統ある刃物を生産・販売する堺刃物商工業協同組合連合会が、毎年この時期に開く「堺刃物まつり」が、今年も南海電車高野線「中百舌鳥駅」すぐの堺市産業振興センターで2月8日(土)、9日(日)の二日にわたって開催されます。堺の伝統産業の理解やお子さん達の勉強にも役立つと思います。刃物の販売のほか鋏や包丁の研ぎ直し(有料)等いろいろな催しもあります。是非この機械に行ってみられては如何でしょう。

開催場所

考古ファンの方ぜひご参加を!

2014年1月22日 水曜日

履中天皇陵古墳を考える というサブテーマで 巨大古墳あらわる と題した講演会が2月2日に堺市産業振興センター(南海電車高野線なかもず駅すぐ)で開催されます。申し込み方法などを下に示します。履中天皇陵はJR阪和線百舌駅と上野芝駅との間の西側で堺市の大仙公園の南側に接続しています。長さ365mもある前方後円墳で、仁徳天皇陵、応神天皇陵に続いて国内3番めに大きい古墳とされています。(矢印を写真の上へ移動し手の形に変化したら左クリックすると大きくなります。)

ご存知ですか 一年最後の祭り・春日若宮おん祭

2013年12月11日 水曜日

ホームページから引用

 春日若宮おん祭(12月15~18日ですがメインは17日)は古都、奈良の一年を締めくくる春日大社摂社若宮神社の例祭で、国の重要無形民俗文化財に指定されています、平安末期に始めて以来、一度として途切れることなく、連綿と守り継がれている伝統行事です。
 市中を行く時代行列とか、流鏑馬、芝舞台(お旅所;春日大社参道北側にあり)で行われる、日本のあらゆる古典芸能の奉納(10年ほど前?には浜村淳さん司会をしていました。)。多くのイベントがありますがうまく表現できませんので、キーボードから「春日若宮おん祭」と入力して検索してください。春日大社や観光協会などのホームページで見どころの場所、時刻などを知ることができますし、動画でもたくさん出てきます。寒い季節ですが一度出かけられてはいかがでしょうか。

神戸・五色塚古墳

2013年12月3日 火曜日

神戸・垂水区にある五色塚古墳(復元)を見に行った。淡路島を望む台地の上に築かれた前方後円墳です。全長194mで、兵庫県では最大のもので、周囲を深い濠と浅い溝で二重に囲い、西側には円墳で直径70mの小壺古墳が築かれています。この五色塚古墳は全国的に見ると40番目前後の大きさですが同じ時期のものだけを見ると、奈良・平城宮跡の北方にある佐紀古墳群と肩を並べる大きさです。 4世紀の終わりごろ、この古墳に葬られた人は、明石海峡とその周辺を支配した豪族だと考えられています。(パンフレットから)

五色塚古墳へは、大阪駅から快速で約50分「垂水駅」下車、そこから徒歩約10分で到着します。帰路は10分ほど歩いて山陽電鉄「霞ヶ丘駅」へ出て明石へ。明石ではお城周辺や「魚の棚(うおんたな)」商店街を散策しJR「明石駅」から新快速で大阪へ向かった。大阪から日帰りコースで無理なく行ける良いコースでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真上はパンフレットの写真。明石海峡を挟んで淡路島と神戸側そして明石海峡大橋がよく分かります。中央下部には古墳が見えます。写真下は後円部の高いところから前方部(半分ほど)と淡路島方面を望む。4km先の淡路島や明石海峡大橋が手に取るように見える。

 

小豆島見聞録

2013年10月12日 土曜日

長い間小豆島へ行きたい思っていたが、機会があり行ってきた。それは「二十四の瞳」の岬の分教場を見たかったからです。分教場の入り口すぐのところには木の下駄箱があり、木製の廊下、教室に入ると小さい二人用の木の机とイスが並んでいる。古いオルガンなどあり、床板の傷んだところはツギを当てる様に修繕されている、海岸にも近いなど、昭和46年まで使っていたそうです。私が入学した頃の小学校の教室は床に小さい穴があり落ちないように周囲に物を置いていたり、鉄製窓枠が錆びていて大力を入れないと動かず、開いたときは勢い余ってガラスが壊れた。破れたガラス窓は板を打ち付けられず新聞紙を貼るかそのまま。数十メートルで護岸がありその下は海岸・砂浜。冬の西風はまともに吹き込む。戦後間なしの日本は貧しくどこにでもあった光景かもしれません。分教場と似た環境にあり少ないあの頃の記憶がよみがえって、懐かしい限りでした。

島ではいろいろ写真を撮りましたが、珍しいと思ったものを示します。先ずは潮がひいた時だけ徒歩で島に渡れるエンゼル・ロード(土庄前島地区)。丁度引潮だったので島まで歩きました。ギネスに認定されている世界一狭い海峡「土渕海峡」。全長2500m、最大幅400m、最小幅9.93mで漁船、レジャーボート、小型船が通るそうです。水は川の様にゆるく流れていました(潮の満ち干と関係ある潮流)。そのすぐそばの土庄郵便局では外壁に沢山の切手を貼って郵便局をアピールしていました。また中山の農村歌舞伎座のすぐ山側には天皇皇后両陛下が視察に来られた千枚田がありました。このような水田は機械が入りにくいので農作業が大変ですが、このような風景は日本の山間の各地に多くある日本の原風景の一つと思います。

 

堺でも秋祭りはさかんですよ

2013年9月12日 木曜日

岸和田の祭りは全国的に有名になりましたが、堺市でも各地の神社でふとん太鼓や曳きだんじりが出て盛大な祭りが行われます。この度こんなパンフレットを見つけましたのでアップします。日程が合えば是非出かけてみてください。いつの間にか太鼓のリズムにからだがのっているかもしれませんよ。かつて、御堂筋パレードのような催しは「止める」と言えば無くなりますが、祭りは「こころ」の部分があるので長く続くよ、と言う事を何かで読んだ様に思います。 何回か続いた「御堂筋パレード」はなくなった。やっぱり地元の祭りはいいですよ。(手の印を写真の上へ移動しクリックすると大きい写真を見ることができます)

 

 

大阪の住吉まつり と 堺の大魚市

2013年7月24日 水曜日

大阪の夏祭りは、愛染まつりに始まり天神まつりで最高潮。そして締めくくりは住吉大社の住吉まつりといわれている。この住吉祭りは8月1日に行われるが表に現れない神事がその前から行われているようだ。数ある神事の一つとして8月1日に神輿が大和川をわたって宿院頓宮(住吉大社のお旅所)に渡御する。また堺では鎌倉時代から大魚夜市が住吉祭りの前日から大浜公園で行われます。興味をお持ちの片、行ってみてはいかがでしょうか。沢山の露天やいろいろなイベントも行われますよ。

 

祭りを知らせるポスター

スケジュール

大魚夜市のポスター

 

会場示す部分の拡大

 

大魚夜市の時刻スケジュール

「嵐」人気が桜井神社にも

2013年7月10日 水曜日

堺市にはたった1箇所ですが国宝(鎌倉時代に建てられた拝殿)がある。それは南区片蔵にある櫻井神社である。この櫻井神社が「嵐」人気で賑わっていると聞いたので早速いってきた。これまで正月以外には人に会ったことがなかったが、門前の駐車場には車が2台。境内に入れば何組かの若い人たちがいた。絵馬や奉納物を展示しておく建物には「嵐」のコンサートの切符が手に入るよう祈るものが多かった。

 

国宝の拝殿

多くの 嵐 ファンの絵馬が掛けられていた

信州の 蛍まつり と 万治の石仏

2013年6月19日 水曜日

14・15・16日と諏訪湖方面へ行ってきました。行きの14日と帰りの16日は良い天気だったが肝心の15日は1日中雨でした。14日の夜は辰野町の「蛍まつり」に行きました。天竜川沿いの150m×100mほどの 場所で、きれいな水が流れる水路を縦横につくり、餌となる川蜷を生息させているらしい。まつりの期間中は売店が出るし、駐車場はあるが辺り一帯は車であふれる。場所へは小さな橋を渡るのだがここで観賞料300円を支払います。ところどころに臨時トイレが設置されていた。暗くなりかける7時半ごろから光るのが見える。辺りがさらに暗くなると広い場所一面に無数の蛍が乱舞しているのがわかる。場内には一切明かりはない。約3m幅の順路があり暗くてもはみ出して怪我しないよう策が設けられている。こんなこと初めての経験であり、カメラに収めようと試みたがフラッシュを焚くと光が見えなくなるので困った。結局私の腕前ではまったくだめでした。東京からテレビ朝日のクルー5~6人が来ていろいろな機器を並べ頭を寄せ合っていたが、あの状況をどの程度収録できたのか見てみたいと思います・・・・・・。私の感想:これまで田舎や奈良・泉州で見た蛍は体の後ろ半分が光って辺りを明るくしていたと思うが、信州の蛍はやや小さく、体の最後尾から真後ろに向かって小さい光を出しているようであった。種類が違うようでした。

泊まった宿舎に「万治の石仏」のポスターがあったので撮りました。万博の頃だったと思いますが、岡本太郎さん、新田次郎さんらが絶賛したことから随分話題になり、その頃見に行ったことがあります。今では観光スポットの一つになっています。なぜか異国人風の顔をしています。万治年間の彫刻があるので「万治の石仏」と言うそうで近年自然に首が伸びるとTVで話題になったことがあるそうです。