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ご存知ですか 一年最後の祭り・春日若宮おん祭

2013年12月11日 水曜日

ホームページから引用

 春日若宮おん祭(12月15~18日ですがメインは17日)は古都、奈良の一年を締めくくる春日大社摂社若宮神社の例祭で、国の重要無形民俗文化財に指定されています、平安末期に始めて以来、一度として途切れることなく、連綿と守り継がれている伝統行事です。
 市中を行く時代行列とか、流鏑馬、芝舞台(お旅所;春日大社参道北側にあり)で行われる、日本のあらゆる古典芸能の奉納(10年ほど前?には浜村淳さん司会をしていました。)。多くのイベントがありますがうまく表現できませんので、キーボードから「春日若宮おん祭」と入力して検索してください。春日大社や観光協会などのホームページで見どころの場所、時刻などを知ることができますし、動画でもたくさん出てきます。寒い季節ですが一度出かけられてはいかがでしょうか。

神戸・五色塚古墳

2013年12月3日 火曜日

神戸・垂水区にある五色塚古墳(復元)を見に行った。淡路島を望む台地の上に築かれた前方後円墳です。全長194mで、兵庫県では最大のもので、周囲を深い濠と浅い溝で二重に囲い、西側には円墳で直径70mの小壺古墳が築かれています。この五色塚古墳は全国的に見ると40番目前後の大きさですが同じ時期のものだけを見ると、奈良・平城宮跡の北方にある佐紀古墳群と肩を並べる大きさです。 4世紀の終わりごろ、この古墳に葬られた人は、明石海峡とその周辺を支配した豪族だと考えられています。(パンフレットから)

五色塚古墳へは、大阪駅から快速で約50分「垂水駅」下車、そこから徒歩約10分で到着します。帰路は10分ほど歩いて山陽電鉄「霞ヶ丘駅」へ出て明石へ。明石ではお城周辺や「魚の棚(うおんたな)」商店街を散策しJR「明石駅」から新快速で大阪へ向かった。大阪から日帰りコースで無理なく行ける良いコースでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真上はパンフレットの写真。明石海峡を挟んで淡路島と神戸側そして明石海峡大橋がよく分かります。中央下部には古墳が見えます。写真下は後円部の高いところから前方部(半分ほど)と淡路島方面を望む。4km先の淡路島や明石海峡大橋が手に取るように見える。

 

天空の白鷺 へ行きました

2013年10月21日 月曜日

素屋根遠望

いま世界遺産姫路城は修理中であるが、その現場を見ることができるというので行きました。天主閣がすっぽり入る被いを「天空の白鷺」と称し、その中に足場やエレベータ(8階)2機の設備があります。そして外側にはお城を描いています。高さ36~7mもあります。見学はビル(天空の白鷺)を8階まで上り、その階でガラス越しではあるが作業場を間近に直接見ることができるので迫力があります。しかしその日は残念ながら休日で作業なし日でした。2014年1月15日まで見学可能なので興味ある方は行かれては如何でしょうか。

 

 

大阪の住吉まつり と 堺の大魚市

2013年7月24日 水曜日

大阪の夏祭りは、愛染まつりに始まり天神まつりで最高潮。そして締めくくりは住吉大社の住吉まつりといわれている。この住吉祭りは8月1日に行われるが表に現れない神事がその前から行われているようだ。数ある神事の一つとして8月1日に神輿が大和川をわたって宿院頓宮(住吉大社のお旅所)に渡御する。また堺では鎌倉時代から大魚夜市が住吉祭りの前日から大浜公園で行われます。興味をお持ちの片、行ってみてはいかがでしょうか。沢山の露天やいろいろなイベントも行われますよ。

 

祭りを知らせるポスター

スケジュール

大魚夜市のポスター

 

会場示す部分の拡大

 

大魚夜市の時刻スケジュール

今年最後の花見しました(さくらの通り抜け)

2013年4月18日 木曜日

今年の花見の最後として桜ノ宮・造幣局の「さくらの通り抜け」へ行ってきました。やや盛りは過ぎた感がありましたが、八重が多く、手入れも行き届いているので、なかなかのものでした。花見コースの外では屋台が沢山出ており、花見以外でも子供、女性、お年寄り、お父ちゃん等いろんな方々がたのしめます。コースは天満橋側から入って北へ抜ける一方通行でまさに通り抜けでした。最終出口付近に縫いぐるみの「コインちゃん」が居て一緒に写真をとってくれます。花の盛りを過ぎているので早く行くのがいいと思います。

思い出(東大寺のお水取りのこと)

2013年3月3日 日曜日

関西では奈良のお水取(修二会という)が終わらないと春が来ないと古くから言われてきました。そのお水取が3月1日から14日まで東大寺二月堂で行われています(752年から毎年行われ途切れたことがなく、今年は1262回目)。10年余前のことであるが、ほとんどの人は予定した数の松明が上がると帰ってしまいますが、私は少し時間をずらして帰ろうと思い、二月堂の南側の石段を人の流れに逆行して登って二月堂の横に行った。さらに進んで二月堂の山側へ回り建物に近づくと、建物内からの音でなにかしらの様子がうかがえます。何かを見せてお堂の中に入っていく人たちもいましたが。何も持っていない私は寒い中がまんして聞いていると突然 下駄をはいて床板の上を走り回る様な騒がしいが力強い音が堂内から聞こえてきました。これにはびっくり。すべて真っ暗なので何事か全く分かりません。カメラのフラッシュ、携帯電話は禁止。たったこれだけですが松明意外にも何かやってる(本当はこれが主に行なうことらしい)ことを知り満足して帰りました。14日まで行なわれていますのでまだ間に合います。松明のスタートは7時ごろ、場所確保のために早く行っておくことが大切です。火の粉を被ると良いことがあると言われているようです。行ってみようと思う方はチョット調べていかれたらいいと思います。

市内出土品から400年前の堺の様子が分かる展示

2012年11月17日 土曜日

退院後の体力回復やリハビリを兼ねて少し遠くまで出かけることが多くなっている。先日堺市のセントラルパークとも言われる大仙公園を1時間余り散策した。仁徳天皇陵拝所前には観光の人達が引っ切り無しに訪れていた。また季節がいい所為か公園のあちこちに人々が出ていました。近くに観光案内書があったので入ってみた。堺の土産になるものや、観光用パンフが並べられていた。そんな中に写真の様なパンフレットがあったので頂いてきた。堺が輝いていた慶長(秀吉最晩年ごろから夏の陣)ころの地下遺構を掘ったのでしょうか。11月24日には中百舌鳥駅近くの堺市産業振興センターで講演会が、11月17日から12月24日まで出土品が堺市博物館で展示されます。同時に「発掘された日本列島2012」展が開かれています。 時間のある方は行ってみてはいかがでしょう。

 

小学生の社会見学に出会いました

2012年9月15日 土曜日

堺市の小学生は社会見学として水処理場、ゴミ処理場、自転車博物館、その他等、学年に応じて色々なところへ出かけています。たまたまではあるが先日堺市役所の21階(高さ84m)の展望ロビーへ行った時、大勢(140~150名ぐらいか)の小学生たちが来ているのに出あった。まずはじめに黄色いユニホームを着た観光ボランティアさんから紙芝居仕立てで東側、西側、北側、南側からどんなものが見えるか説明をしてもらい、後は各自で何が見えたか記録を取るという社会見学の様であった。仁徳天皇陵や大仙公園、大泉公園や方違い神社、長居競技場や北摂の山山、堺市内や阪神高速・堺泉北工業地帯、遠くには須磨、明石海峡大橋、淡路島などが見えます。よく頑張る子、ふざける子、先生やボランティアさんに熱心に尋ねる子など色々でしたが、聞けば小学3年生だそうで、総じてみんな注意事項を守り真面目に見学して行ったなーというのが私の感想です。写真を付しますのでその場の状況を読み取ってください。写真の上にしるしをずらすと手の形に変わりますので、その時クリックすると写真が大きくなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みの1日

2012年8月20日 月曜日

長い夏休みも残り少なくなって来ました。そんな1日夏休みをもてあましている孫たちを連れて大仙公園にある堺市博物館へいきました。消費電力を抑えるために8月31日までの火~金は無料にして、多くの人に入館してもらい、省エネに繋ごうとしていました。

展示については高学年の孫だけが興味を持ちましたが、全員で面白く遊んだのは地階にある壊れた焼き物を復元するコーナーでした。すぐ近くには仁徳稜古墳がありますので生きた歴史が学べます。うまくいけば博物館でも仁徳稜古墳でもボランティアさんが開設してくれるかもしれません。宿題まだのお子さんを連れて行くのを考えてみてはいかがでしょう。(堺市博物館は阪和線百舌鳥駅より徒歩5分程度)

仁徳天皇稜正面

博物館入口で

復元に夢中

真田山の幸村の抜け穴と旧陸軍墓地

2012年8月4日 土曜日

 JR大阪環状線玉造駅西方500m程の所の三光神社にある真田幸村の大阪城抜け穴を見に行った。TVでも時々放送されるおなじみの抜け穴だが、話の種と思い行った。穴の入口は頑丈な格子戸がはめ込まれ奥は暗くなっていて十分見えない。ホントかな?と思わせられてしまう。近くに近年作られたであろう幸村の銅像が立ち六文銭の盾がしつらえてあり雰囲気を出そうと意を凝らしていた.

大坂城からの抜け穴 ?

 

 
 この辺りは大坂の陣の真田の出丸の辺りになるのでどうなっているのかなと思い神社の南から西方面へ回って異様な光景にびっくりした。出丸跡らしきものは見られず、何千という墓碑が整然と並んでいたからである。ここは旧陸軍墓地であった。墓地の入口には小さな管理小屋?の様な建物があり、黒い服を着た男性がいたので話しかけてみたところ、普段は誰もいないが国会議員の先生が参拝に来られるで待っているとのことでした。ほんの二言三言の話でしたが明治以来の戦死者を葬ってあり墓碑5300、納骨堂には8000余の遺骨が祀られているとのことでした。第二次大戦後、国が特定のまつりごとをしてはいけないことになっているからか、管理が不十分であることは見てすぐ理解できた。国のために働いたのに・・・・。何だか申し訳ない気持ちになりました

しばらくして黒塗りの乗用車が入ってきた。降りてきたのは自民党国会議員で、イラク湾岸戦争の折、自衛隊第一次派遣隊?の隊長をされた髭の隊長であった。同行の方数名と納骨堂に入り献花されました。こう云う偉い方が献花に来られたということで心の何処にほっとしたものを感じました。

憲法のこともあろうが国のために没した先人に報いるために何とかならないものかと複雑な気持ちでそこを後にしました。一度行って見てはいかがでしょうか。今の日本、これからの日本、そして自分の生き方を考えるのに何かしらの示唆が得られるかも・・・・・・。

納骨堂で献花をされる国会議員一行