しばらく休みます

2012年10月2日

この「陶邑の旅人見聞録」をご愛読いただいてありがとうございます。しばらく休みますが、下旬には再開したいと考えていますのでよろしくお願いします。

 

小学生の社会見学に出会いました

2012年9月15日

堺市の小学生は社会見学として水処理場、ゴミ処理場、自転車博物館、その他等、学年に応じて色々なところへ出かけています。たまたまではあるが先日堺市役所の21階(高さ84m)の展望ロビーへ行った時、大勢(140~150名ぐらいか)の小学生たちが来ているのに出あった。まずはじめに黄色いユニホームを着た観光ボランティアさんから紙芝居仕立てで東側、西側、北側、南側からどんなものが見えるか説明をしてもらい、後は各自で何が見えたか記録を取るという社会見学の様であった。仁徳天皇陵や大仙公園、大泉公園や方違い神社、長居競技場や北摂の山山、堺市内や阪神高速・堺泉北工業地帯、遠くには須磨、明石海峡大橋、淡路島などが見えます。よく頑張る子、ふざける子、先生やボランティアさんに熱心に尋ねる子など色々でしたが、聞けば小学3年生だそうで、総じてみんな注意事項を守り真面目に見学して行ったなーというのが私の感想です。写真を付しますのでその場の状況を読み取ってください。写真の上にしるしをずらすと手の形に変わりますので、その時クリックすると写真が大きくなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏(8月)を振り返る

2012年8月31日

若い頃は健康で医者に行くことがなかったので、健康保険料は殆んど掛け捨て同様であった。一年間医者通いがなければ健保組合から褒美に粗品をいただけた。粗品は大体台所用品で、結婚する頃は大まかに台所用品が整っていました。

ところが退職して10年余の今日、180cm72kg、血圧120前後と70前後。歯周病系の治療で月1回から2回歯医者へ。いびきがひどく睡眠時無呼吸症候群の疑いありということで一泊の検査入院、家内は夏バテで2~3日ごろごろしたのち夏風邪かなとか言って内科医へ。医療費は1割であるが結構支払った。

運動不足にならないようにやっている散歩は昼間は暑いので夕方1時間ほど出かける。雨の日が少なかったので殆んど毎日歩いた。

カルチャーは月に一度のブログカフェ(ブログのレベル向上のための講座)に出席。

ボランティアは昨年脳梗塞で入院した病院の車椅子のメンテ(空気圧点検、潤滑油さし)に行っている。

小4の孫達を連れて、堺市博物館、や通天閣へ行った。通天閣は意外に人が多く展望階からの下りはエレベータ待ち時間30分と言われ、400余の階段をくだった。大人だけなら経験しないことでしんどかったが面白かった。そして新世界独特の二度づけ禁止のクシカツ屋さんで食べた昼飯が、孫達に大好評であった。

数字の見方が良く分かりませんが、タニタの活動量計では一日の総消費カロリー2200~2400、活動カロリー400~500、脂肪消費量10~20g程。歩数6000~7000歩。8月一カ月間を振り返り我ながら結構動いているなと思っている。これからも健康に気を付けて体を動かすことをしていきたいと思う。

 

夏休みの1日

2012年8月20日

長い夏休みも残り少なくなって来ました。そんな1日夏休みをもてあましている孫たちを連れて大仙公園にある堺市博物館へいきました。消費電力を抑えるために8月31日までの火~金は無料にして、多くの人に入館してもらい、省エネに繋ごうとしていました。

展示については高学年の孫だけが興味を持ちましたが、全員で面白く遊んだのは地階にある壊れた焼き物を復元するコーナーでした。すぐ近くには仁徳稜古墳がありますので生きた歴史が学べます。うまくいけば博物館でも仁徳稜古墳でもボランティアさんが開設してくれるかもしれません。宿題まだのお子さんを連れて行くのを考えてみてはいかがでしょう。(堺市博物館は阪和線百舌鳥駅より徒歩5分程度)

仁徳天皇稜正面

博物館入口で

復元に夢中

8月度ぶろぐカフェ

2012年8月8日

暑い暑い8月のカフェは、泉北高速泉ヶ丘駅近くの泉ヶ丘プールにあるhttp://pourvous.smile-center.jp/で行なっています。眼下にはプールで泳ぐ人たちでいっぱいです。
ここはコミュニティカフェと言い、サークル活動、コンサート、等色々なイベントに利用出来そうです。一度見学して見てはいかがでしょう。

真田山の幸村の抜け穴と旧陸軍墓地

2012年8月4日

 JR大阪環状線玉造駅西方500m程の所の三光神社にある真田幸村の大阪城抜け穴を見に行った。TVでも時々放送されるおなじみの抜け穴だが、話の種と思い行った。穴の入口は頑丈な格子戸がはめ込まれ奥は暗くなっていて十分見えない。ホントかな?と思わせられてしまう。近くに近年作られたであろう幸村の銅像が立ち六文銭の盾がしつらえてあり雰囲気を出そうと意を凝らしていた.

大坂城からの抜け穴 ?

 

 
 この辺りは大坂の陣の真田の出丸の辺りになるのでどうなっているのかなと思い神社の南から西方面へ回って異様な光景にびっくりした。出丸跡らしきものは見られず、何千という墓碑が整然と並んでいたからである。ここは旧陸軍墓地であった。墓地の入口には小さな管理小屋?の様な建物があり、黒い服を着た男性がいたので話しかけてみたところ、普段は誰もいないが国会議員の先生が参拝に来られるで待っているとのことでした。ほんの二言三言の話でしたが明治以来の戦死者を葬ってあり墓碑5300、納骨堂には8000余の遺骨が祀られているとのことでした。第二次大戦後、国が特定のまつりごとをしてはいけないことになっているからか、管理が不十分であることは見てすぐ理解できた。国のために働いたのに・・・・。何だか申し訳ない気持ちになりました

しばらくして黒塗りの乗用車が入ってきた。降りてきたのは自民党国会議員で、イラク湾岸戦争の折、自衛隊第一次派遣隊?の隊長をされた髭の隊長であった。同行の方数名と納骨堂に入り献花されました。こう云う偉い方が献花に来られたということで心の何処にほっとしたものを感じました。

憲法のこともあろうが国のために没した先人に報いるために何とかならないものかと複雑な気持ちでそこを後にしました。一度行って見てはいかがでしょうか。今の日本、これからの日本、そして自分の生き方を考えるのに何かしらの示唆が得られるかも・・・・・・。

納骨堂で献花をされる国会議員一行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

孫が蜂に刺され・・・大あわて

2012年7月19日

梅雨の終わりのころ、下校途中で蜂に刺されたと言ってべそをかきながら小4の孫が帰ってきた。親は生憎不在だったのでどうしたものか大変あわてました。医者が開く夕方までは間があるし、救急車を呼ぶほどでもないし、あれこれめぐらしてもいい案が浮かばない。そこで最近面識ができた病院の看護婦さんに電話をかけてみた。看護婦さんはしばらくしたら電話するからと言ってきれた。しばらくして返事が来た。本人を連れて薬剤師さんのいる薬局へ行って、刺されたところを見せ処置を仰ぐのがいいのではとアドバイスをいただいた。

白衣のおじさん(薬剤師と思っていた)がいるから大丈夫といつものドラッグへ車で走った。ところが話をしても ? と思う反応ばかり、刺された所を診ようともしない。ようやくわかったのは 販売専門員 か 専門販売員 かの名札をかけていた。薬剤師ではないことが分かったので早々に退去し車を走らせながら次を考えた。その時思いついたのが数年前から病院の隣に薬局ができている。そこなら大丈夫と思い近くにできた医院の隣の薬局へ行った。

若い薬剤師さんが車まできてくれて孫の刺された所を診て、蜂の大きさとか、何分ぐらい経つかとか、アレルギーのこととか質問してくれた。経過時間と幹部の腫れぐあいからか、この程度ならば夕方の診察の一番に診てもらうのがいいと言ってくれました。言われた通りに一番に診てもらいました。孫は次の日から何事もなかったように遊んでいます。じじばばにとってやれやれです。一度目で抗体ができるので二度目に刺されるのが怖いんですよと言われています。  昭和20年代に幼・少年期を送った私ら年代は、子芋の茎の汁をすりつけるとか しっこ をかけるぐらいで何の手当てもせず腫れるに任せていたのとは大違い。    こんな記事 役に立ったかな。

7月度ブログカフェ

2012年7月18日

九州からは大雨のニュース報じられているのに、近畿地方では昨日梅雨明けが報じられました。35度を越した猛暑にも報じられました.   今日のカフェには多くの参加者で盛況です.会場も少し大きい部屋になりました.  初めての人もいるので自己紹介から始まり,それぞれが課題をもちながら入力し,互いに教えあいながらの良い雰囲気です.

8mmフィルムの記録を簡易にビデオ化しました

2012年6月26日

私たちの世代は子育て時代の記録として、フィルムカメラ、カセット録音、8mmフィルム映像などであった。ところが年月が進むとともにAV機器も進歩し、現在はデジタルカメラ、デジタルビデオ、ICレコーダーの時代となり大変便利になりました。しかし子供たちの成長を8mmフィルムに収めた我々世代は喜んでばかりいられません。デジタルの時代になり8mmフィルム映写機の需要がなくなったため、メーカーが生産を停止して既に久しい。手持ちの映写機が故障した場合、部品の更新ができないので、その時点から上映して楽しむことはできません。8mmフィルムをもっているが、映写機が古くなって動かず、部品交換もできず、かといってフィルムの処分もできないと言う人も多いらしい。
 世の中うまくしたものでフィルムからビデオへ変換するビジネスもあるそうですが、かなりの価格らしいので、あまりお金を掛けられないのも人情と思います。
 私は子供達を映したフィルムを結構持っているので、かねてより何とかしたいと思っていた。この程、映写機を出してきて動かしたところ機械の音は少し高いが何とか動いたので、部屋を暗くしてスクリーンに上映しながら、そのスクリーンの映像をビデオカメラを廻して録画を試みた。結果、ピントは甘くなるが撮影した時の情景が思い出されるので人物の特定やその場の内容は理解できました。この梅雨の時期の何日かをこの作業に充てた。映写機の電球が切れる、ベルトが切れる等すればその時点で終わりとなるのでひやひやものであったが、全てのフィルムを何とか簡易にビデオ化できました。ビジネスのものより品質は数段劣ると思いますがひとまず成功。今、パソコンにデータを取り込んでDVD化しようと思っているが、パソコンを使いこなす技術レベルがあやしいのでどこまでできるか心配です。8mmフィルムお持ちの方は試してみてはいかがでしょう

カテゴリーを付ける練習

2012年6月20日

カテゴリーを付けるには、記事を作成後右側のカテゴリーを選択して、公開